(注)3、井上通女(1660〜1738)   「日本史広辞典」 P164
 江戸中期の歌人。父は儒者の井上本固(もとかた)初名振・玉、のち通・通女。号は感通・感通媼。讃岐國丸亀生まれ。父や林鵞峰(がほう=1618〜80)・林鳳岡(ほうこう=鵞峰の次子=1644〜1732))から教えを受けて和漢の古典に精通。1681年から約8年間、丸亀藩主京極高豊の母養性院の侍女として江戸へ赴き、帰京後藩士三田宗寿と結婚。著書に「東海紀行」。